月を眺める

 綾川のイオンから出ると、空に目が行った。暗い空に真ん丸な黄色い月が、眩しいほどに輝いている。
 後から出てきた相方も空を見上げて喜んだ。
「今日は満月かな」
ときくと、そうだという。
 かばんからデジカメを取り出して写真を撮ろうとしたが、光が強すぎてぼやけてしまった。
「家の辺りだったら、ここより空が暗いし余計な明かりがないから撮れるかも」
と相方が言い、写真は諦めて、自転車に乗った。

 傍に居ない人と同じ月を眺める。そんなロマンチックな話を時々見聞きするが、たしかに、便利な現代社会では遠く離れた人に簡単に写真や動画が送れるし、メッセージの交換もできるけど、同じものを実際に同時に見るのはなかなかできないことだと思った。
 空は一つかもしれないが、月よりもとらえどころがない。同じ山を反対側から眺めるというのもいいかもしれない。太陽だと直視するには眩しすぎる。
 天を見上げることにも、何か特別なものがある。地球の大きさ、宇宙の大きさに比べれば、人間は小さなものに思えてくる。そんな小さな人間が、ここに居て、また別の場所にも居る。そんな小さな人間が、宇宙から見ればほんの小さなことで悩んだり傷ついたりしている。そんな小さな人間が、何となく愛おしく感じられる。

 冷たい風に吹かれ、背中を丸めて自転車をこぎながらそんなことを考えていると、田んぼの隣りの小さな池がキラキラ光っているのが見えた。月の光を反射して、小さな小さな煌めきが揺らめいていた。