雨の日

 綾川の家に住み始めてから、府中にいた頃よりも雨の日が好きになった。
 府中のアパート暮らしでは、朝から家で仕事をしていると夕方には狭苦しくなって外に出掛けたくなり、相方と毎日のように散歩に出掛けた。ところが雨の日は、外に出る気になれず、家の中で散歩ほど気分転換できることが見つからなかった。
 綾川の暮らしでは、晴れた日は田畑に出掛けるか、家の壁に漆喰を塗るか、買い物や温泉に行くか、家でパソコン仕事をするか、だいたいその中から選ぶことになる。壁を塗るにも鏝を洗いに外に出るので、雨に濡れずにできることといえば、パソコン仕事だけが残る。暮らしを整えるために外に出てしたいことが山のようにあるが、今日はどのみち家でおとなしくしているしかないとなると、妙に落ち着いた気分になる。雨の日もわるくないと思えてくる。まとまった時間をかけて集中して臨みたい仕事があるときに、都合よく雨の日が訪れる。熱いお茶かコーヒーを淹れて、背の低い文机に乗せたパソコンに向かう。
 パソコンの仕事は、翻訳が多い。ぼくは家でバックミュージックに音楽をかけることはあまりしないが、先日、ふと気が向いてベートーベンのピアノソナタを流してみたら、いつもより頭が疲れにくく、集中力が持続するように感じた。言語活動は左脳、音楽は右脳をよく使うと聞くが、何かそんなことが関係しているのかもしれないと思った。ちなみに歌詞のある曲を流しながら翻訳の仕事はできない。

 今日も朝から雨だった。十時前に目を覚ますと、洗濯機の中のように水がじゃぶじゃぶと流れる音が外から聞こえてきた。
 炭を熾して前夜の鍋の残りを温め、その後でおじやをお茶碗に三杯食べた。食後のルイボスティを飲み終えた頃には正午を回っていた。
 午後はまた最初にベートーベンをかけて、途中、玄米の入った土鍋を乗せた火鉢の炭に火吹竹で空気を送りながら、夜まで翻訳を続けた。十月からほぼ毎日少しずつ進めていた仕事にひと区切りがついた。こんな日は夕食のお鍋と日本酒が特別に美味しい。玄米もこの上ないほどつややかに炊けた。