行き帰り

 高松築港行きのことでんに乗ると、左側にこっち向きに斜めに座り、他の乗客をじろじろ見てそうな中年の男が座っていた。その正面や斜め前に座りたくなかったので、ドアを隔ててその男と同じ側の席に相方と座った。
 何駅か先で、制服を着た高校生の男女のカップルが乗ってきた。女は、中年の男の真ん前に座ろうとしたが、連れの男は、理由を言わず身振りで別の席に女を連れて行こうとし、ぼくらの正面の席の、中年の男から離れた側の端に座った。中年の男がまだ電車に乗っているのかどうか確かめてみると、やはりいた。
「もう、そういうのやめてよ」
と女は言って俯いた。長い髪の毛で顔が隠れていた。男も前髪が長く、同じく俯いていると顔が見えなかった。いつしか男は、女の毛先を指で弄び始め、女はふてくされたように俯いて黙ったままだったが、ぼくらが仏生山で電車を降りるまで、男は毛をいじり続けていた。

 家にお風呂がないので、仏生山温泉に通っている。
 ひと月ほど前から、番台から浴室まで続く廊下に「五十メートル書店」と言って、円錐型の白いコーンを等間隔で並べてその上に長い板を乗せ、そこに文庫本をずらっと横一列に並べている。度々訪れるので本の入れ替わりはほとんどないが、何冊かは目新しい本が入っているので、毎回歩きながら一冊ずつ順に表紙を見てから浴室に入る。
「よう沸いとるなぁ。外が寒いけん、お湯が熱う感じる」
 内風呂に浸かっていると、そういう声が聞こえてきた。寒い日だから熱めに沸かしているのかと思っていたが、そう言われてみればそうかもしれないと思った。
 正面の鏡に、色鮮やかなもみじが映っている。レモン色、黄緑色、紅色、色とりどりの葉が昼の太陽の光を受けて、夜の電灯のように煌めいている。そんな葉をつけた枝が風に揺れている。その左の鏡には、葉が全部真っ赤なもみじが映り、こっちはじっと動かなかった。
 風呂から上がると相方の姿はまだなく、ラウンジのすのこの机の前に腰を下ろす。正面はガラス張りで、庭にはシマトネリコが並び、その上には爽やかな青空が見渡せ、大きな真っ白な雲がゆっくりと右に流れていく。
 日記を書いていると、相方がやって来て、パンを二つ買ってきてくれた。一緒に食べながら庭をぼんやりと眺めていると、丸々としたスズメが仲間連れでやって来て、キョロキョロしながらシマトネリコの枝にいる虫か何かを啄んでいた。

 春日川の春日水神市場で買い物をした帰り、電車に乗ると、行きで乗り合わせた高校生のカップルとまた一緒になった。向こうも気づいている様子だった。終点の瓦町で降り、エスカレーターで上がると、前方の歩く歩道の上をその二人が手をつないで歩いていた。行きよりも楽しそうな表情で仲良さそうにしているのを見て、何だか安心した。